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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)10397号 判決 2000年7月18日

原告

株式会社三和銀行

右代表者代表取締役

甲山A夫

右訴訟代理人弁護士

久保井一匡

今村峰夫

久保井聡明

黒田愛

上田純

被告

乙川B子

右訴訟代理人弁護士

多田光一

原告補助参加人

兵庫県信用保証協会

右代表者理事

丙谷C雄

右訴訟代理人弁護士

丸山富夫

主文

一  被告は、原告に対し、五九二万九七六五円及びうち五九〇万円に対する平成一一年七月四日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文一項同旨

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、連帯保証債務の履行として訴外丁沢D郎(以下「D郎」という。)に貸し付けた貸金残金等、別紙債権目録≪省略≫記載の内容の金員五九二万九七六五円とうち五九〇万円に対する期限の利益喪失日の翌日である平成一一年七月四日から支払済みまで年一四パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  被告は、D郎と平成九年六月五日に婚姻し、丁沢姓となったが、平成一一年五月七日に離婚し、婚姻前の乙川姓に復氏した(争いがない)。

2  原告は、平成一一年三月一九日ころ、D郎に対し銀行取引約定書(以下「基本約定」という。)の差し入れを受ける(≪証拠省略≫)と共に、金六〇〇万円を左記約定にて貸し付けた(以下「本件貸金契約」という。)(≪証拠省略≫)。

(一) 元金の返済方法について

第一回返済期日 平成一一年三月二五日に一〇万円

第二回以降返済期日 毎月二五日に各一〇万円

最終回返済期日 平成一六年二月二五日に一〇万円

(二) 利息の支払方法について

利率…年二・三七五パーセント

借入日にその日から平成一一年三月二五日までの利息を支払い、その日以降は毎月二五日にその日の翌日から次回利息支払日までの利息を支払う。

(三) 遅延損害金について

元利金の弁済が遅れたときは、遅延している元金に対し年一四パーセントの割合による損害金を支払う。

3  D郎は、第一回返済期日たる平成一一年三月二五日には元金一〇万円と利息の支払をしたが、第二回返済期日以降は、元金及び利息の支払をしなかったので、原告は、平成一一年七月二日内容証明郵便で、D郎に対し、期限の利益喪失通知兼履行催告書(以下「本件通知書」という)を送付したが(≪証拠省略≫)、D郎は原告に届け出ることなく住所・居所を変更していたため、本件通知書は到達しなかった(≪証拠省略≫)。この場合、本件通知書は、D郎に通常到達すべき時に到達したものとされる(≪証拠省略≫、一一条二項)ところ、本件では平成一一年七月三日に郵便局員が届出住所地に本件通知書を配達しているのである(≪証拠省略≫「郵便物お預りのお知らせ」配達不在日欄)から、同日が通常到達すべき時となるから、D郎は、同日、原告に対する一切の債務の期限の利益を喪失した(≪証拠省略≫、五条二項一号、≪証拠省略≫、三条二項一号)。

二  争点(被告の連帯保証債務の存否)

1  D郎の有権代理

(一) 原告の主張

(1) 被告は、D郎ないしはD郎に同行して原告神戸支店に赴いた訴外丁沢E美(以下「E美」という。)に対し、平成一一年三月一八日ころ、本件貸金契約にもとづく借入に関する一切の債務についてD郎と連帯して保証することについての代理権を授与した。このことは、以下の事実からも推認できる。

① D郎は、平成一一年三月一九日ころ、補助参加人との間で信用保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という。)を交わしているが、それに先だって、被告は、本件委託保証契約の申込書及び本件保証委託契約書の各連帯保証人欄に署名押印した上で、これらをD郎に交付し、補助参加人から送付された保証意思確認書にも署名し、自ら返送した。

② 被告は、D郎の求めに応じて、平成一一年三月一八日に、実印、印鑑登録証明書、健康保険証を交付した。

(2) D郎は、平成一一年三月一九日ころ、原告に対し、被告のためにすることを示して、前項の保証をする旨約した(以下「本件保証」という。)。

(二) 被告の主張

(1) 被告は、平成一〇年一二月一四日ころ、D郎から保証人になることを求められてこれを拒否したところ、D郎から暴行を加えられて腰骨を折る怪我をし、やむなく本件保証委託契約については連帯保証人になることに同意したが、以後はD郎から離れて生活していたものであって、本件貸金契約につきD郎に本件保証の代理権を授与したことはない。

(2) 被告は、平成一一年三月一八日ころ、被告の実家を訪れたD郎に自己の実印、印鑑登録証明書及び健康保険証を交付したが、それは、D郎から、建設業の許可を兵庫県に移すのにこれら書類等が必要であると言われたためであって、D郎に本件保証の代理権を授与したものではない。

2  D郎ないしE美の表見代理又はその類推適用

(一) 原告の主張

(1) 基本代理権の存在(その一)

被告は、平成一〇年一二月ころ、D郎に対し、本件保証委託申込書及び本件保証委託契約書の各連帯保証人欄に署名押印した上、これをD郎に交付し、もって、D郎ないしはE美に、本件委託保証契約につきD郎を連帯保証する旨補助参加人に約することないしはそれに付随する手続について代理権を授与した。

(2) 基本代理権の存在(その二)

また、被告は、D郎に対し、平成一一年三月一八日ころ、自己の実印、印鑑登録証明書及び健康保険証を交付し、もって、なんらかの取引行為につき、それに必要な範囲で、D郎ないしはE美に代理権を授与した。

(3) E美を被告と信じたことについての正当理由

D郎は、平成一一年三月一八日、原告神戸支店に、被告とほぼ同年齢であるE美を同行して来店し、原告担当行員戊野F代(以下「戊野」という。)に対しE美に被告であるかのように装わせた上、被告の平成一一年三月一八日に発行された印鑑証明書を交付し、E美をして本件貸金契約の契約書の保証人欄に被告の住所氏名を記入させ、実印を押捺させたものであり、E美においても、原告担当行員に対し、被告となりすまして会話を交わしていたのである。これに加えて、被告が本件保証委託契約につき補助参加人に連帯保証していることからすれば、原告担当行員戊野において、E美を被告と誤認し、E美の署名、押印をもって、被告が本件保証をしたものと信用したことには、正当な理由がある。

(二) 被告の主張

(1) 基本代理権授与(その一)の撤回

被告は、本件保証委託契約の連帯保証人欄に署名押印をしたが、それはD郎から暴行を受けたからであって、その後本件貸金契約成立よりも前に、D郎に対し本件保証委託契約についてD郎を保証することにつきD郎に授与した代理権を撤回する旨述べたところ、D郎も了解し、後日D郎から右保証は取り下げたとの報告を受けた。

(2) 基本代理権授与(その二)への反論

被告は、平成一一年三月一八日にD郎に実印、印鑑登録証明書及び健康保険証を交付したのは、D郎から、建設業の許可を兵庫県に移すのにこれら書類等が必要であると言われたためであって、私法上の取引行為に関する代理権を授与したものではない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  被告は、平成一一年二月一日付けの本件保証委託契約の申込書の連帯保証人欄に署名し、同日付けで補助参加人から被告に送付された保証意思の確認書に署名し、同確認書は同月一二日に補助参加人に返送され、同年三月一九日付けの本件保証委託契約書の連帯保証人欄に署名しているが、右申込書には金融機関名として原告神戸支店名が記入され、本件保証委託契約書にも原告から六〇〇万円を借り入れるについて補助参加人に信用保証を委託するとの条項がある(≪証拠省略≫、被告本人)。また、被告は、平成一一年三月一八日付けの被告の印鑑証明書、実印及び健康保険証をD郎に交付し、D郎は、翌一九日、原告神戸支店で本件貸金契約を締結する際、原告行員の戊野に右印鑑証明書提示している(≪証拠省略≫、戊野)。これらの事実のみからすれば、被告が本件保証をする意思も有していたと一応推認できる。

2  ところが、D郎は、原告と本件貸金契約を締結するにあたり、平成一一年三月一八日、原告神戸支店に実妹であるE美を同行し、E美をして被告の署名押印をさせている(≪証拠省略≫、証人戊野、証人E美)。仮に1で推認したように、被告が本件貸金契約につき連帯保証人になることを承諾していたのであれば、むしろ被告を同行するか、同行できない事情があるなら、被告の保証意思を確認できる手段を別途講じるのが通常であって、それをせずに、わざわざ、D郎が被告と同年齢のE美を同行し、E美をして被告の署名押印をさせたのは、被告を同行し、あるいは同行できない旨原告に説明してその意思確認をとる手段を別途講じることができない事情があったことを推認させるのであり、このこと自体、本件貸金契約の連帯保証人になることの承諾を得ていなかったことを強く疑わせるものである。

3  以上からすると、結局、被告が本件貸金契約につき連帯保証人になることを承諾し、その旨の代理権をD郎ないしはE美に授与したと認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

二  争点2について

1  基本代理権の授与(その一)について

(一) 前掲一、1で認定したように、被告は、平成一一年二月一日付けの本件保証委託契約の申込書の連帯保証人欄に署名し、同日付けで補助参加人から被告に送付された保証意思の確認書に署名し、同年三月一九日付けの本件保証委託契約書の連帯保証人欄に署名している。

(二) 前掲各書類は、被告が、いつかははっきりしないが、D郎から署名するよう言われて署名したものであるが、そのうち本件保証委託契約申込書(≪証拠省略≫)の保証人欄の上にある申込人欄にD郎の名前は記載されていなかったと述べ(被告本人七項)、本件保証委託契約書の保証人欄に署名はしたものの、押印はしていないと述べている(被告本人一四項)ことからすれば、被告は、右二通の書類については、これらに署名した後D郎に交付したものと推認することができる。

(三) 以上からすれば、被告は、本件委託保証契約が成立した平成一一年三月一九日(≪証拠省略≫)に先だって、D郎に対し、被告が連帯保証人欄に署名した本件委託保証申込書(≪証拠省略≫)及び本件委託契約書を補助参加人に交付し、もって、本件保証委託契約につき補助参加人に対しD郎に債務を連帯保証する旨約する手続を行うことにつき代理権(以下「本件基本代理権」という。)を授与したものと認めるのが相当である。

(四) もっとも、被告は、その後、本件貸金契約成立までにD郎に授与した本件基本代理権を撤回した旨主張するが、被告がD郎から、「補助参加人に対する被告の保証について撤回するから大丈夫だ」というのを聞いたのは、被告がD郎と離婚する平成一一年五月七日ころのことであるから(≪証拠省略≫、被告本人四二項)、被告の右主張は認めるに足りない。なお、本件委託保証契約の成立は平成一一年三月一九日と認められるのであるから(≪証拠省略≫)、それまでに、D郎が補助参加人に本件委託契約書を送付していたとしても、そのことだけから、右本件保証委託契約の成立日まで本件基本代理権が消滅することはないものと解されるのであって、他に本件基本代理権が消滅したと認めるに足りる証拠はない。

2  E美を被告と信じたことの正当理由

(一) D郎は、前掲一、2で認定したとおり、平成一一年三月一八日に、原告神戸支店にE美とともに行き、本件貸金契約の連帯保証人欄にE美をして署名押印させたものであるが、その経緯は以下のとおりであったと認められる。

(1) 原告は、平成一一年三月一二日ころ、補助参加人から、原告のD郎に対する融資につき補助参加人とD郎との間に本件保証委託契約が成立したこと、それについてD郎の妻である被告が連帯保証人になっていることを示す本件保証委託申込書、本件保証委託契約書等の書類の送付を受け、所定の審査を経て、D郎への融資に応じることにした(≪証拠省略≫、証人戊野)。

(2) D郎への融資手続を担当することになった原告神戸支店行員戊野は、平成一一年三月一八日よりも前に、D郎に電話連絡をし、被告を同行して原告神戸支店に来店するよう求めた(証人戊野)。

(3) D郎は、平成一一年三月一八日、E美に対し被告の代わりに銀行へ行ってくれるよう頼み、同日午後四時三〇分ころE美を同行して原告神戸支店に来店した(≪証拠省略≫、証人E美三項、一五項)。戊野は、D郎とE美を同支店内の簡易応接に案内し、本件貸金契約に必要な書類を用意するとともに、D郎からD郎と被告の印鑑証明書を預かり、E美に本件貸金契約書の保証人欄に署名押印を求めたところ、E美は同欄に被告の氏名を記載し、被告の実印を押印した(≪証拠省略≫、証人戊野、証人E美)。

(4) 戊野は、事前に本件保証委託契約書から被告の生年月日(昭和四五年○月○日)を確認していたところ、被告として来店したE美が被告と同年齢(昭和四五年○月○日生)であり、戊野が「保証人の奥様ですね。」と問いかけた際にも、E美は「ええ」と答え、また、本件貸金契約書の保証人欄に署名押印を求めたときにも、よどみなく署名押印を終え、また、押印された印影と交付された印鑑登録証明書の印影も一致したことから、E美が被告であると誤信した(≪証拠省略≫、証人戊野、証人E美)。

(5) なお、E美は、本件貸金契約書に署名押印した際、戊野と会話したことはない旨述べるが(証人E美一二項、二四項)、戊野がE美と全く会話をしないということ自体不自然であること、本件貸金契約書の保証意思確認方法欄には「今後の事業に見込について話をする」との記載があること(≪証拠省略≫)からすれば、E美の右証言部分は信用できない。

(二) 前項で認定した事実からすれば、原告行員の戊野がE美を被告と誤認し、本件貸金契約の保証人欄にE美の署名押印したことをもって、被告が本件保証をしたと誤認したことには正当な理由があるというべきである。

もっとも、事前に補助参加人から原告に送付された本件保証委託契約書及び本件保証委託申込書の被告の署名と本件貸金契約の保証人欄のE美の署名は、その筆跡が異なっている(≪証拠省略≫)。

しかし、戊野が、本件保証委託契約書(≪証拠省略≫)と本件貸金契約書(≪証拠省略≫)を照合したのは、本件貸金契約成立後のことであるところ(証人戊野三八項)、前項で認めた経緯からすれば、なお、戊野において、E美が本件貸金契約書に署名した段階で直ちに本件委託保証契約書の連帯保証人欄の署名と筆跡照合しなかったとしても、そのことから、前項で認定した各事実にもかかわらず、原告がE美を被告と誤信したことにつき、正当理由あったとの認定を左右するには足りない。

3  判断

以上からすれば、被告は、本件保証に先だって、D郎に対し本件基本代理権を授与したものであるところ、D郎に被告の代わりに被告本人として本件保証をするよう依頼されたE美が、被告本人として本件保証をしたところ、原告が、E美を被告本人と誤信したことには正当な理由があるということになる。

ところで、代理人が直接本人の名で権限外の行為をした場合に、相手方がその行為を本人自身の行為であると信じたことにつき正当理由がある場合には、民法一一〇条を類推適用して本人がその責に任ずるものと解すべきところ、右の理は、代理人が直接本人として権限外の行為をした場合に限らず、第三者をして本人として行為することを依頼して行わせ、相手方が当該第三者の行為を本人自身の行為と信じ、それにつき正当理由がある場合にも、等しく適用されるというべきであって、このことは、代理人から依頼された復代理人が、代理人の指示で権限外の行為をした場合に民法一一〇条が適用されるのと変わらないというべきである。

そうすると、本件においても、被告は、民法一一〇条の類推適用により、原告に対し、D郎の依頼によりE美が行った本件保証につき、その責に任ずるべきである。

第四結論

よって、その余の争点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由があるから、これを認容する。

(裁判官 岩倉広修)

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